厭世庭園

As good as it gets

練習2021/4/5

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今日思い出せることは……しょうもないけど、自作のキムチチャーハンが美味しかったことです。

隠し味のオイスターソースが輝いてました。

 

あとは、もうすぐ父の誕生日なので地元の焼酎と、あとちょっと奮発してブルーマウンテンのいい感じのコーヒー豆を用意しようと思うこの頃です。

コーヒー党なんですよね。

 

 

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これは沖縄は阿嘉島、フェリー待合所の2階から撮った一枚です。

光がきれいだなって、それだけの写真ですけれど、個人的には気に入ってるのでした。

 

阿嘉島は今回訪れて初めて知ったのですが、沖縄戦アメリカ兵が最初に上陸した地でもあり、島の所々に慰霊碑や豪が残されていました。

偶然お会いした地元の方が、戦争遺跡を案内してくださいまして……

3/26は阿嘉島の属する座間味村では慰霊の日にあたり、集団自決した村民をはじめ、戦争の犠牲者の安らかな眠りを祈っているということも、その時知った次第です。

日差しにやられながら、むき出しの岩壁や群生したアダンを眺め歩きつつ、雑考が頭を巡ってました。

 

私見だけれど日本人というのはどうも、精神が肉体を超越する、ということに対して無上の価値を置いているように常々思っています。

私自身、例えばプロレスが好きなのは、試合にそういう側面があるからで……

しかし、旧日本軍の戦闘の記録を読んでいると、じっさいの戦闘にもそういう価値観が反映されていて、効率的に戦闘に勝利するよりも、魂を見せつける、みたいなことに固執して愚行が繰り返されたという印象が拭えません。

 

自決した人びとにしても、自分たちが生き延びて捕虜となり恥を晒す未来よりも、自分たちが存在していなくとも、その魂と誇りを見せつけて、アメリカ兵が恐れ慄く未来に価値を見出したからそのような事ができたわけで……

ただ、悲しいことは、おそらくアメリカ兵はそのような価値観をまったく共有していないので、村民にとっては崇高なはずの行いが、彼らの目には理解不能な自滅にしか映らなかっただろうということです。

 

彼らは豪の中に集まり、手榴弾を炸裂させるという方法で凄惨な最期を遂げましたが、その動かしようのない事実を思っていると、やりきれなさで頭がおかしくなりそうです。

また、彼らをはじめ、日本人を突き動かしてた精神性への賛美を自分も受け継いでいることを考えると、確かにそれには長所もあるけれど、愚行への可能性も内包しているということで、自分の精神への葛藤を感じるのでした。

 

それではまたいつか